J 「合楽理念。天地のリズム。」
昭和五十七年三月四日 朝の御理解
x御神訓 道教えの大綱 「わが信ずる神ばかり尊みてほかの神を侮ることなかれ」 「信心する人の真の神徳を知らぬこと」
昨日は梅の実会でございました。司会を坂根先生が致しておりましたが、はじめにもう、以前の事でしたが、秦先生が司会をした時に言った、まあ、有名な言葉があります。それを引用してお話をしておりました。合楽理念以外の宗教は、宗教ではないと思うておりますという言葉です。どうでしょうか、ね。決して我信ずる神ばかりを尊みてと、我信ずる神ばかりを尊みてという、その向こうに他の神を侮どってならないと。侮る事もなからなければ軽蔑する事もないけれどもね、それほどまでに、この合楽理念に帰依する信じる事が出来るという事は有り難い事だと思いますね。
それはどういうところで、合楽理念以外の宗教は宗教と思わないというのかと言うと、昨日は最後に若先生がお話を致しておりました。
最近読ませて頂いた御本の中に、今アメリカではシンクロリズム(シンクロニシティ)SYNCHRONICITY、偶然の影に何かがある、が流行しておるそうですね。そういう考え方を研究するという事が、というのは、偶然という事はないんだと 例えば、信心がなくても時々本当にこう、素晴らしきタイミングといったような事がございます。只、ふがよかっただけですまさずに、そこには何かがあるという研究だそうですね。それを読んで、いよいよ合楽理念のいよいよ素晴らしい事をわかるという意味のお話をしてました、ね。普通は只、ふ、がよかった、あ,本当偶然とはというふうにいうですけども、ふ、がよかったとか偶然というものはない、と。
何かがそこにあるんだ、と。その何かを研究するそこえ、もし合楽理念が発表されるというか、合楽理念の勉強をはじめたら、もう本当に素晴らしい事だという事が、わかるだろうと思いますね。
信心する人の真の神徳を知らぬ事という、神徳とは、ね、神の信用だ、と。いわゆる、天地の信用だ、という事になるわけですけども、ね。合楽でいわれるそのおかげというのは、天地との、いうならば、交流、そこから生まれてくる素晴らしきタイミング。一日を本当に神ながらお生かしのおかげを頂いた実感が御礼が申しあげられる日々、ね。只、お願いをしたらこげな奇跡なおかげを頂いたというものではなくてね 昨日、一昨日が熊本の共励会でした。昨日の朝、松村さんの御主人から電話がかかった。急に家内が腹痛でしょうかね、身体が動かんようになってものも出らんようになりました、と、すぐ、とにかく御願いして下さいという事で、それから医者を呼んだりしたけれども、医者も、もう、難しか、ち、言う。
どうか、心臓がどうかなっとる、とだそうですね。こうこならないかんとが、そいがならんで下の方でス-ッとこうなっとるだけの、こう、するとがありましょう、心電図というですかね。それで、こいわもう、あの難しいと言われた。それが、朝御主人が頂いておったお夢がね、z田植えをしておる、その田植えの向こうに素晴らしい大きな檜の木が一本立っておるというお知らせじゃった、と。勿論、田植えというのは今頃の、こりゃ、あのお国替えの時に頂くお知らせですけども、そういう事であっても向こうに大きな檜の木があるという事は、も、とにかく合楽にすがればというふうに、まあ、後で感じたわけです。
昨日、改めて御礼に出てまいりましたが、その晩は共励会でもありますからね、もう、とにかく一心におすがりさせて頂いて、そのおかげを頂いて、共励会には丁度嘉郎さんが早く御用に来て下さって、新饌物やらせて下さったけども、何かと御用が出来るくらいに一緒に共励会に参加出来るくらいにおかげを頂いて、昨日は御礼に出て来ております、ね。
合楽の場合は、只、おかげ頂いたというだけではなくてね、一つのリズムがいつもあるわけですよね。ね、例えば、今日はこういう大変な事が起こってくるぞと、それでも、合楽に一心におすがりすればおかげになるぞ、というようなものを頂いておるわけですね。昨日は梅の実会の方達の、もう私は、本当にもう皆さんの発表に驚いてしまったんですけども、もう素晴らしいです。十人余り、とうとう最後まで皆さんが一人一人が出来なかったけど、十人の人が発表致しました。
もう、本当にテ-プに取ってあるだろうから皆さんに一辺聞いてもらいたいというくらいに素晴らしいです。若い嫁さん達がもう、それこそ、もう、とにかく若い方達の場合はですね、もう、本当に合楽理念を基にして、家庭の上に、経済の上に、人間関係の上にその頂いて、それを現しておるその喜びをね、もう、感動いっぱいで皆さんが発表致しました。
只、おかげ頂かんならん事を願うだけじゃない。私、この方達がね、まあ、婦人会なら婦人会としての中心をなすようになり、私はその事をすんでから御礼を申しさせて頂いとりましたらね、z『昔預金がめの、こう、いちいち割って、割るとかあるでしょう、素焼きの預金がめがね。一銭銅貨が入るようなのがあったんですよね。それにこう預金をしておるところ』を頂いたんですけどもこれがね、本当の預金がこうやって出来ていって、これを割る時にはもうすでに固まった、いうならば、まとまったお徳が受けられるなあと私は思いましたよ。で、昨日最後にそん皆さんの、例えば、梅の実会だけしか出てこられんといったような方達が多いんですけども、あなた方が例えば、せめて月次祭ぐらいは一家中でお参りをしようというような信心が出来たり、又はあんた方が朝参りせずにはおれないといったようなふうに、信心が進んで行かれたら素晴らしかろう。沢山朝参りがあっとるけどもそういう合楽理念を土台にしてね素晴らしいタイミングというか素晴らしい、例えば、ある嫁さんやなんかはその合楽理念に基づいて自分自身がおかげを頂くようになったら、大変難しい家庭の中にありますけれども、親にでもそん姉妹達にでもです、ね、今迄は顔色を見ながら話さなければならなかったのが、顔色を見らんでんお話、それが向こうも通うていくという事の喜びを語ってました。
ある嫁さんなんかは、親先生が・・・これは綾部さんところの娘さんですがね、あのキヌ子さんという、どうしてこういう人と結婚しろと親先生が言いなさったやろかと思うて、親先生を恨んどったところが、最近では、も、ある事から主人がもう手の平を返すように変わるおかげを頂いて、こりゃ自分も変わらなんいかんと思い出したら、商売の上にもおかげを頂き出した。もう、最近では私は思いますのに、今度、例えば、死んで生まれ変わって来て結婚しなければならん時には、どうぞ又、この主人と一緒になれますようにというような心の状態が開けてきました、と。
もう、子供も何人もおる、その子供の事が非常に心配であったのが、その、子供の事が心配がなくなり、ね、店のどうこうという事も気にかからんようになりましたと もう、この事だけにしぼっていっておりますという発表をしましたが、確かに、合楽理念に基づく夫婦の問題でもですよね、合楽理念に基づいていく生き方に徹底していきよりゃ、も、子供の事はおかげになりよる。商売の事がおかげになりよる、という事がわかるですよね。
もう、皆さんのね、本当に一人一人の発表を聞かせて頂いて、も、本当に感心致しましたが、ね。本当にこの人達が合楽の中心をなすようになった時には、も、たいした、いうなら合楽理念を土台にするところの信者として中心としておかげを頂く事だろうと、こう思うんですが果して皆さん、朝参りの皆さんがです、ね、おかげを頂かなければならん。
合楽理念を聞いてはておるけれども、果して合楽理念が土台となって、なら今日、ね、シンクロリズムという、その素晴らしいタイミングが生活の中に、ね、一つのリズムになって現れておるだろうか。私は真の神徳というのは、そういう天地がいつもバックであり、天地がリズムを送って下さる。そういうお徳の頂けれるお徳を私は、真の神徳というふうに思いますね。いろんなお徳がありますよね。けれども私は、いうならば、今アメリカで大流行というか、そういう考え方の研究があっておる事が流行っておるという事ですが、本当に、なら、合楽理念に基づいたら、ね、天地日月の心が出来るその天地日月の心にならせて頂く、精進するところから、天地人一如の世界が開けてきて素晴らしい、それこそ、ふ、がよかったとか偶然ではない、もう、いつもがそういうタイミングの中に生活がでけれる手立てがここにあるんだとわかったら、ね、そういう意味で私は、秦先生は前に申しておりましたね、合楽理念以外の宗教は宗教と思わないといったようなものが生まれてくるんじゃないでしょうかね。
我信ずる神ばかりを、と。我信ずる神をいよいよ信ずる、なら、どこを信ずるかというならば、合楽理念の実験実証から生まれてくる信心、天地との交流を有り難いとわかる信心、ね。そういう信心を身につけていく限り、決して、なら、他の宗教を侮る事も軽蔑する事もいらんけれども、但し、我信ずる神をそのようなところにまで高めなければ駄目だと。合楽理念以外にはないんだというところまで、それを確かなものに自分が頂いてそういう信心こそ私は、真の神徳というふうに思うんです。
信ずる者が真の・・・只、おかげを頂くとか千里眼的な事がわかるとかといろんなそういうような徳もいろいろありましょう、ね。けれども何というても天地がバックである。天地がいつも自分の味方であるというような、ね、天地が自分の為に働いとって下さるかのような実感をもって、日々生活がでけるようなおかげを頂く。
私は昨日、本当にあの梅の実会が発会してはじめの間は、もう本当にまあ、主人やら姑親達のこういうふうな問題が、どういうふうにしたなら解決するでしょうかと、いうならば、姑親達の悪口のような感じの会合が、そげなだんじゃなか、もう本当に素晴らしいもう、最近は夫婦、子供三人で毎晩八時半の時間を期して御祈念をさせて頂くようになったらもう、主人の信心がどんどん進んでいくのに驚きますというような人があったんですけどもね。
本当に日参り夜参りしよっても、夜の御祈念すらしだごだにして、只、朝参りだけといったような事でなくてね、もう、合楽理念に基づくと、そうせずにはなられないものが生まれてくる、ね。合楽理念を本当に基礎としての信心。この方達がそういうふうにして合楽理念を根本的なところから、まあ、実験実証していく人達が、ね。
月次祭だけはというてお参りが出来るようになり、もう、そこから朝参りをせずにおれないというような事になって来たら、それこそ今日の御理解じゃないけども、いよいよ真の神徳を受けていく事ができるだろう。それは、いうなら、素がめに一円づつか、ね、今でいうなら十円づつでもええ、それにこう入れていって、いっぱいになった時に割った時には、それこそまとまった徳が頂けるという事になるのだというふうに思いました。
的確に間違いなく徳を積んでいっておるという事です。日参りは出来ないけども、とにかく合楽理念に基づく事によって、そういう素晴らしいタイミングが又はおかげが頂けるという事ね。同時に今いうように、ね。
シンクロニシティか、只これは偶然とか、ふ、がよかったとかいう事ではない。そこには何かがあると今アメリカで大流行だという事ですがそん何かがある、その何かを合楽では克明にしかもその、私自身が実験実証した話を皆さんに聞いて頂くのですから。確かに先だっての福山の御信者さんがお知らせに頂いたというかけがえのない私はお話をお互い頂いておるのだから、そのかけがえのないお話をもう、かけがえのない御神徳を頂けれる土台にしなければ私は嘘だと思うですね。
どうぞ。